OCLVカーボンフレーム製造工場見学レポート 宇宙航空産業の基準を超える品質
はじめに
自転車界では知らない人はいないほどですが、まだまだ世間では知らない人も多い自転車ブランド『TREK(トレック)』は、実は世界シェアナンバーワン。そんなトレックのU.S.A.本社と工場を訪問しました。OCLVカーボンフレームの製造過程を実際にこの目で見てきたこと、聞いてきたことを早速レポートします! 今回はなんと本社や工場の見学だけでなく、トレック U.S.A.社長ジョン・バーク氏をはじめ、開発にかかわるエンジニアの方々から目からウロコなお話も聞くことができました。OCLVカーボン製法など常に時代をリードしてきた革新的なテクノロジーを生みだす人々、そしてカーボンバイクが作られる現場をリポートします。創業者の故ディック・バーク氏が若い頃息子に語った夢
1976年オイルショック真っ只中、自転車が人々の交通の足として重要な役割を担う乗り物として注目されていた頃、TREKの創始者である故ディック・バーク氏はウィスコンシン州ウォータールーのこの小さな赤い倉庫で従業員5名で自転車造りを開始しました。その当時の思い出について、息子であり現在の代表であるジョン・バーク社長は以下のように語っていました。父はドライブが好きだった。私をのせてロングドライブに出掛けた際に『10万台の自転車を売りたい』という夢を語ったことがある。それからわずか12年後の1988年にはその夢を叶え、7000台ものMTBも販売したんだ。記念に私から父にMTBをプレゼントしたらとても喜んでくれて、私も嬉しかった。実はバイクプラス創業メンバーも創業前に故ディック・バーグ氏にお会いしたことがあります。その時に氏にこんな言葉をかけられ感動したと話していました。
販売店で働く人々のこともTREKの自転車に乗っている人もみな『ファミリー』だと思っている。私たちは『トレック・ファミリー』。家族と同じように親しみを持ち大切にし、感謝している。
USAトップに聞くトレックが世界シェア№1になった理由
トレックが世界ナンバーワン自転車メーカーになった一番の理由は? という問いにジョン・バーグ社長はと、即答。加えてこのような想いを語ってくれました。people ~ひと~
素晴らしいデザインを作るのも人であり、販売店の皆様の協力、トレックを選んでくださる人の存在、すべては人々のつながりで『今』がある。ちなみにトレックでは他メーカーの10倍以上の人間が開発に携わっています。それも皆各分野のエキスパート達。自由な発想でゼロから創造性を発揮できる素晴らしい開発環境があります。 オフィス内のデスクも一人ひとり個性的でユニーク。私たちが見学したときは、愛車と片時も離れたくないのかデスクの横に駐輪しているスタッフも。
カーボンを超える素材を開発中なのか!?

これからの自転車にとって重要なのは、重量や素材にこだわることよりも、自転車自体がどのような働きをするのかだ。 DOMANE(ドマーネ)のように圧倒的に乗り心地が良いロードバイクだったり、マドンのように世界最速のロードバイクだったりと。それぞれの自転車の持つ機能を選択される時代だと思う。トレックでは常に3~5年先を見据えて様々な開発に取り組んでいます。 DOMANEの誕生とジョン・バーク社長の回答からも自転車が新たな時代へ突入したと言えるでしょう。ただただ軽くすることに注力していた時代から、人のためのあらゆる機能をもたせる時代へ。スポーツバイクが自転車レースのためだけでなく、私たちのサイクルライフを安全で快適で豊かなものへと変えていく時代へと変遷していくことでしょう。
TREK永久保証 - 全てのバイクに『限定生涯保証』ができる理由
ところでトレックのフレームには、故ディック・バーク氏がまだ社長を務めていた時代から『限定生涯保証』という保証が付いてきます。これは、一度トレックに乗ってくれたのなら一生涯にわたり安全で快適なTREKバイシクルに乗って楽しいサイクルライフを送ってほしいから。もちろん品質への自信の表れでもあります。
自社工場内で自社スタッフがプロトタイプをつくるから開発が速い
プロトタイプの製造には大きく3つの役割があると教わりました。- コンピュータ上で作成したものが、実際に製品として製造可能かどうか、何度も再現できるかどうかを確認する
- きちんとアッセンブル(組み付け)できるかどうかを確認する
- 強度がしっかりと保たれるかどうか確認する
プロトタイプの製造は『3Dプリンタ』を使用することでさらにスピーディ

これがTREKの品質の要であるテストラボ
こちらは、トレックの心臓部とも言える部屋『テストラボ』。16年以上ここで働くステファン氏によると3~5年前までは不可能だと思われていたことが今は実現しているように、日々テストの技術も進歩している。とのこと。 ここでは、BB、ステム、フォークをはじめ全てのパーツの耐久テストをプロトタイプの段階でしっかりと行います。 主に下記のような点を重点的に見ています。
- アナリシス(分析)で計算された通りに実物が製造されているかどうか。
- 強度・剛性がどれだけあり、どれだけ力を加えたら壊れるかを見極める耐衝撃性。
- 何度も同じ力を加えて何回目で壊れるかを見る耐消耗性。
幼児車のフロントフォークも耐久試験
私達が見学したときは、いい意味で期待を裏切られました。ハイエンド車体ではなくなんと子供用自転車のフロントフォークの耐久テストを行っていました(笑 力を加える回数なんと10万回、場合によっては20万回、時間にして1日半。3歳で買った自転車のフロントフォークが92歳になっても壊れない計算らしいです。 不必要な数であっても、最悪の事態を想定して何度もチェックすることで、トレック品質は保たれています。このテストの厳しさは、各国の協会の安全基準を超えるトレックのスタンダード。自転車のお膝元ヨーロッパではトレックのテストラボが高く評価されています。OCLVカーボンフレームが出来上がるまで
次のページではいよいよ『OCLVカーボンフレームが出来上がるまで』を写真付きでご紹介します。業界をリードし続けるTREKの素晴らしいカーボン製品が作り出される現場、非常に興味深い内容です! TREKの販売店でも訪れた経験があるひとは少ないTREK OCLVカーボンフレーム製造工場見学レポート(page2/3)。 このページではOCLVカーボンフレームの製造工程、カーボンシート(プリプレグ)から、フレーム成型、ペイントまでトレックのカーボンロードバイクができるまでの一連の過程をレポートします。 本社工場では、世界各国からオーダーされたプロジェクトワンのフレームを製作しています。ひとつひとつの工程は人の手で行われていました。正にhandbuilt in the United States.TREK OCLVカーボンフレームができるまで
カーボンプリプレグをカッティング

カットされたカーボンシートを金型に敷き詰め加工

これぞOCLV製法
この段階でカーボンの積層内に空気が残ってしまうと耐久性が極めて低いフレームになってしまいます。TREKでは、フレームを部位ごとに分けて比較的小さなピース(パイプ)に分けて加熱圧縮するため、低品質のフレームができにくいという特徴があります。これがトレック独自の技術なのです。
出来上がったフレームの各部位を接合

OCLV製法産みの親は航空宇宙産業の元エンジニア

どんなに粗悪なカーボン製品でも見た目は高級高品質に見えるから怖い
カーボン製品の良し悪しは製品の外見からは判断しにくい。これはユーザーにとってはとても怖いことだ。カーボン製品は見た目はみんな高級で高品質に見える。品質の良し悪しを判断するにはカーボンの積層を確認しなければならず、それはその製品をカットしなければ確認できないことを意味する。だから購入を考えている製品がどんな工場でどんな作り方で生産されているかを知ることは、購入の良い手助けになる。
カーボン製治具に載せアライメントを正しながら接着

ペイント前の最終工程 1台2時間かけて行う研磨作業

UVコーティングを施して丁寧にペイント

TREKロゴやモデル名などのデカール貼り
1台1台丁寧にペイントされた後、デカールが貼られていきます。目に止まったのは女性が多いエリアだということ。工場を案内してくれたOCLVの産みの親ジム・コールグローブ氏曰く、女性の方が細やかな作業に向いているからとのことです。これでフレームは完成です。この後にパーツ類がアッセンブルされていきます。 こちらはプロジェクトワンと呼ばれているカスタムオーダープログラムのPVです。工場でフレームが出来上がるまでをカッコよくまとめてあります。
TREKバイクの開発の裏ではなく表舞台に日本人!
次のページではTREKのエアロとなの付く製品のほとんどに携わっている日本人エンジニアのお話をご紹介します! TREKの販売店でも訪れた経験があるひとは少ないTREK OCLVカーボンフレーム製造工場見学レポート(page3/3)。 ジョン・バーク社長の言う通り、トレックのバイクが生まれてお客様の手にわたるまでに、たくさんの人が関わっています。本社工場では、開発・デザイン・テスト・フレームの製作まですべてが行われ、自転車メーカーの中でも群を抜く数のプロフェッショナルが集まり、業界をリードし続けています。今回、新型MADONE開発担当エンジニアにお会いし、お話を聞くことができました。
新型マドンの誕生には日本人女性が設計に参画
MADONE開発にこのアナリシス『解析』が欠かせません。優れたテクノロジーを持ったり高価な素材を使ったりしている自転車が、コストパフォーマンス高く提供されるようになってきた今日は、コンピューター解析の技術の進歩と研究者による地道な解析があってこそ。 アナリシスエンジニアの鈴木未央さんもその一人。 鈴木未央さんは主に空気力学・流体力学の解析を担当。聴きなれない難しい言葉ですが、簡単に言うと空気抵抗や空気の流れの解析です。コンピューター上で空気の流れや抵抗をシュミレーションします。それをもとに最終的に特別な施設で実車のバイクを使って、コンピューター上の解析どおりかどうか解析をさらに進めていきます。 トレックのバイクデザインはCDF(流体力学)をもとに造られています。見た目の美しさだけに拘るのではなく、流体力学的に見て効果的であるかどうか、性能のためのデザインです。この日は、新型MADONEに乗って走った時の気流を解析した画像を使って、どこに空気抵抗が生まれているかを説明してくださいました。
入社から1年半でビッグプロジェクトを担うまで活躍している鈴木未央さんに迫る
そもそも、何故アナリシスエンジニアに? バークリー卒業後シリコンバレーでビジネスマンとして働いていたのですが、大学で学んだ理工系の研究の方がしたいと思い、理工系では全米で2位に成績をもつユニバーシティオブウィスコンシンマディソン校に入学、空気力学の分析等を学びました。 ビジネスマンとして競争社会の中にいるのは疲れてしまって好きなことをしたいと思ったんです。 トレックに入社したきっかけは? 大学院卒業後進路が決まっていなかったけれど、あまり気にせずのんびり探そうと思っていたとき、トレックが水曜日に行っているファクトリーツアーに参加しました。 大学で研究していたことそのものだったのと、ツアーのアテンダントしている人も感じがよく、一瞬でぜひ働きたいと思った。どうしたらアナリシスエンジニアになれるのか聞いて、とりあえずインターンから初めてみることになりました。 トレックに入社して1年半、新型マドンの空気力学のアナリシスを担当させてもらって楽しかったです。 トレックで働いていてよかったことは? 人がいいところ。ウィスコンシンの人達は心が広く温厚な人が多いんです。シリコンバレーで働いていたころは競争ばかりだったけど、いまは気持ちよく働けています。 アナリシスエンジニアになるという目標をかなえた今、今後の目標は? トレックは常に3~5年先のことを考えています。これからの目標はトレックと一緒に世界で一番有名なエンジニアになることです。 そんな未央さんの愛車は'10年のマドン。夏の通勤は片道40kmの距離を移動してくるとか。毎日でないにしても凄い! 明るい雰囲気の未央さん、トライアスロンにも挑戦したいと語ってくれました。バイタリティ溢れる彼女のオーラに、同じ年の女性として元気と勇気をもらいました。
空気力学の他にもフレームアライメントや剛性テストもコンピューターテストがベースに
アナリシスチームのJay Maggasさんは、コンピューターを使って実際のライドコンデイションを再現し、OCLVの積層の厚さやカーボン繊維の方向を解析。どこにどれだけの力がかかっていて、弱い部分にはどれだけの厚さ調整が必要なのかをシミュレーションしていきます。 肉眼では確認できない程のフレームの歪み等も解析し、どこにどれだけ補強が必要なのか、フレームサイズによっても違う歪みの量をふまえて各チューブの長さや角度、大きさ等を決めていきます。
ハイスピードカメラが捉える映像で新事実が分かる
アナリシスチーム3人目はPaul Harderさん。彼が紹介してくれたのはハイスピードカメラという、超スローモーションで再生できるビデオカメラを使った解析。 ビデオをセットして衝撃を与え続けることで、どのタイミングでどのようにして壊れていくのかを解析したり、コンピューターでシミュレーションしたものが、現実にその通りになっているか映像から解析をします。 例えば、パンクさせたタイヤを転がし続けてどのようにアルミホイールのリムが壊れるか、時には、どのような動き方をしてチェーンがフロントディレイラから外れるのか、時には、ヤシの実をいとも簡単に割ってしまうほどの衝撃をカーボンアーマーに与えた時にどのような変化が起きるか、1秒以下の単位で再生し解析。 また、新型マドンのKVF実験でも空気の流れをハイスピードカメラで撮影してみると、右から2番目のKVFチューブに仮想尾翼ができていて、気流が右端の尾翼型と同じように流れているのがわかります。 こうしたアナリシスチームの解析の結果が、マドンのフレーム形状に反映され、世界が注目する新たなバイクが完成したのです。
今回のトレックアメリカ本社工場の見学で見えてきたことは
トレックがどこよりも厳しいテスト基準で安全性を保証していること、常に時代の最先端を行くテクノロジーの開発に貪欲であること、トレックの生涯保障はユーザーのサイクルライフのパートナーとして寄りそう姿勢が形となったものだと感じました。 それから、トレックのスタッフは世界中の誰よりも自転車の楽しみ方を知っていて、誰よりも日常に自転車を取り入れて楽しんでいる。一面銀世界でも楽しそうにランチライドに向かう姿や、歴代の自転車が展示されている食堂での談話風景もとっても楽しそう。 乗っているからこそ製品にフィードバックされ、圧倒的に乗りやすい自転車だったり、唯一無二の画期的なテクノロジーが生み出されているのでしょう。